まめちの本棚

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【読書メモ】松尾豊『人工知能は人間を超えるか~ディープラーニングの先にあるもの』第1章

前回に引き続きAI本。

第1章(p38~p57)

人工知能は2015年現在、まだできていない

・いわゆる「人工知能」と呼ばれているものは、人間の知的な活動の一面を真似したものが大半

・人間の行為や意識は全て脳の中で行われる電気演算である以上、コンピュータで再現可能である

人工知能の定義は専門家の中でも定まっていない

人工知能が完成したか、についての定義をめぐっても、専門家の中で議論がある

・飛行機のたとえ話・・・「人間が空を飛ぶ」ことを実現するためには、鳥のように羽ばたく機械を開発したのではなく、

エンジンと翼を使って(鳥が空を飛ぶ仕組みとは全く異なるものの)「結果的に」空が飛べるようになった

飛行機は明らかに鳥ではないが、「空を飛べる」のならば鳥の空を飛ぶメカニズムを再現する必要は必ずしもない

・日本語変換ソフトや手書き文字認識などは、かつては人工知能と言われていたが、実用化されると人工知能とは言われなくなる。この現象を「AI効果」という

『多くの人は、その原理が分かってしまうと「これは知能ではない」と思うのである』 (p49)

・知能とはなんだろうか。

・『「入力に応じて適切な出力をする(行動をする)」というのは、知能を外部から観測したときの定義として有力といえる』 (p50)

(※何をもって「適切な」とするかは誰がジャッジするのか?)

・世の中の人工知能にはレベル1から4までの4段階ある。

・レベル1・・・

マーケティング的に「人工知能」を名乗っているもの。実態は単純な制御プログラム。

・レベル2・・・

振舞いのパターンが極めて多様なもの。入力と出力を関係づける手法が洗練されており、

その組み合わせが非常に多い

・レベル3・・・

サンプルとなるデータをもとに、ルールや知識を自ら学習する

・レベル4・・・

機械学習をする際のデータを表すために使われる変数(特徴量と呼ばれる)自体を学習するもの』 (p52)

(※いわゆるディープラーニングがこれにあたるらしい。自分で効率的・合理的なルールを作れるシロモノのことを指すようだ)

・意識とは何か?

『特徴量を生成していく段階で思考する必要があり、その中で自分自身の状態を再帰的に認識すること、つまり自分が考えているということを自分でわかっているという「入れ子構造」が無限に続くこと、その歳、それを「意識」と呼んでもいいような状態が出現するのではないかと思う』(p56)

『ただし(中略)いずれにしても技術の発達により工学的に解明されていく類のものであり(中略)現段階で議論しても、昔の哲学者以上の答えが出せるとは思えない』

高校の倫理の授業でならった、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」って言葉を思い出した。

まぁ、

「そもそも思い考えをめぐらす主体が存在するか否か、ということと、思索しているという認識が芽生えることは別モンじゃね?」

という気がせんでもないですが、色んな方面から殴られそうなのでどうか大目に見てやってください。