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まめちの本棚

自分が「面白い」「皆さんに知ってほしい」と感じたことを書き記すブログです。※投稿内容は個人的な意見の表明に過ぎず、所属する組織の見解を反映するものでは一切ありません。

『狭小邸宅』を読む女子会()~議事録その③

■前編:

『狭小邸宅』を読む女子会()~議事録その①

『狭小邸宅』を読む女子会()~議事録その②

●まめち: 既存の賃貸物件や流通市場にある物件が顧客のニーズに合致したものとは限らない。住宅の供給数が多い首都圏においても、ファミリー向け物件は賃貸市場に出回っている絶対数が少ない。地方都市だとその傾向は顕著である。

●まめち:衣食住は人間として生活していく上で最低限必要な事柄である。「衣」と「食」についてわが国において困ることはほぼないが、「住」については未だにミスマッチに苦しむ人が多い。この問題については『ニュータウンは黄昏れて』という本で取り上げられている。諸君にぜひ一読を薦めたい。

●しほ:「住」のミスマッチが生じる原因だが、少なくとも首都圏においては、供給が需要に対して多すぎるため価格が高止まりしている、という理屈でシンプルに説明できるだろう。

東京湾を埋め立てて土地を創出するとか、首都機能を分散させて首都圏への過度な集中を緩和するなどのドラスティックな方策を打たない限り、本質的な解決は望めないだろう。

●あや:首都機能を東京以外に分散すべし、という議論のルーツはバブルの頃に遡る。古くて新しい議論だ。「さいたま新都心」や「幕張新都心」はその構想に基づいて建設された都市である。

一部の大企業や官公庁がこれらの「新都心」に本部機能を移転してはいるものの、その数や規模は限定的であり、これらの大組織は未だに都心に本部を置いている。

●けいこ:首都機能の移転が進まない理由は、コスト的な問題などが考えられるが、

最大の原因は、首都機能を分散させてしまうと東京の魅力や競争力が減衰し、ひいては我が国の経済力や政治力といった、国際社会におけるプレゼンスを低下させてしまう懸念があるからではないか

東京を東京たらしめている魅力の源泉は、政・財・官・学の主要機関が狭域に高密度で集積されていることであると私は思っている。

●まめち:話題を本書の書評に戻したい。

本書の最大の「見せ場」は何か、について諸君の意見を聞きたい。

私は、松尾が大学時代の友人と再会した際に、主人公の松尾が桜井という男に対して下記のように激高するシーンだ。

『噓なわけねぇだろ、カス。本当だよ。世田谷で庭付きの家なんててめぇが買えるわけねぇだろ。そもそも大企業だろうと何だろうと、普通のサラリーマンじゃ一億の家なんて絶対買えない。ここにいる奴は誰一人買えない。どんなにあがいてもてめぇらが買えるのはペンシルハウスって決まってんだよ』(文庫本、173ページ)

口調は荒っぽいものの、松尾の主張は正鵠を得ている。

普通のサラリーマンが1億円の物件をファイナンスすることは非常に難しい。年収1,000万円近い、大企業総合職のカップルが5,000万円ずつローンを組みあってファイナンスするか、片方あるいは両方の親から相当額の資金援助を得るなど、数々の好条件がそろわない限り、サラリーマンが1億円の家を買う事は実際不可能である。

●しほ:桜井は、とくだん松尾を貶めようと思っていたのではなく、世間話の延長のつもりで「世田谷に一戸建ての家を買ってバーベキューをやりたい」と言ったのだろう。

この無邪気さが、一流大学を出て一流企業に勤め、社会で活躍している友人や同窓生に対する、松尾が抱いているドロドロした負の情念に火をつけたのであろう。

●けいこ:不動産のエリア別の相場観など普通の人は知らない。不動産を買おうという人間ですらそうだ。

●まめち:桜井の言動は、漫画サザエさん』の影響も大きいのではないか。

サザエさん一家は、世田谷の一戸建てに住んでいる、普通のサラリーマンの世帯であると描写されている。

サザエさん』は日本人家庭のあるべき姿を描写し続けてきたと言われるが、「世田谷で庭付き一戸建ての家に住む」ということが標準的な日本人家庭の生活では既にない。

しかし、『サザエさん一家のライフスタイルは一向に変化がない。この作品を「普通のサラリーマン」のモデルであるという認識でいると、「世田谷の庭付き一戸建てに住む」ことが最早限られた人間にしか実現できないのである、という事実を認識できなくても仕方がないだろう。

●あや:松尾の出身大学は「明応」とされているが、モデルはおそらく慶應義塾大学であろう。松尾の友人や同窓生のように、慶應大学を出て一流企業に勤めている時点で、相応の所得を得ているはずであり「普通のサラリーマン」ではないはずだ。

そのような人であっても手が届かないのが「世田谷の庭付き一戸建て」という冷徹な事実を、著者の新庄氏は松尾に仮託して語らせているのであろう。

((たぶん)続きます)