『海軍めしたき物語』にみる、日常性と非日常性について
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◆高橋孟『海軍めしたき物語』
高橋孟『海軍めしたき物語』 https://t.co/UIgaLTUNbi
— まめち (@m0mch1) 2017年6月13日
引き続き読んでいる。著者は戦艦「霧島」の主計兵として真珠湾攻撃・ミッドウェー海戦に参加したのだが、いずれも炊爨で忙しく歴史的な戦いの場に居合わせたという実感はなかったとのこと。
歴史的瞬間というのは、後になってから「あの時がそうだった」と分かるもので、日常の中に埋没し気づかないものなのだろうと思うなど。
— まめち (@m0mch1) 2017年6月13日
ミッドウェー海戦では、空母から人のようなものがパラパラと落ちていく様を見てショックを受けたという生々しい記述が印象的だった。 https://t.co/Fesgr3mpQD
高橋孟『海軍めしたき物語』 https://t.co/JHMZZ7glHb
— まめち (@m0mch1) 2017年6月14日
読了。著者が乗り込んでいた軍艦が魚雷を受け沈没を始め、海に飛び込む際に「もうこれで、溜まっていた書類仕事をやらなくて済むんだ」と思った、という記述が興味深かった。
ワイも銀行に勤めていた頃、異動の内示が出た時に似たようなことを思ったことを覚えている。 https://t.co/4QjqpYrd6d
— まめち (@m0mch1) 2017年6月14日
自分の乗っている船が沈むという「非日常」のさなかにおいて、普段の仕事という「日常」のことに思いが至る、という点が興味深かった。日常と非日常はメビウスの輪のように表裏一体なのだろうか。 https://t.co/4QjqpYrd6d
— まめち (@m0mch1) 2017年6月14日
…といったことを考えました。
この本を読んで、「何が日常で、何が非日常なのか、の区別は事後的にしか判別できないのではないか」と思うようになりました。
全くまとまっていませんが、ご容赦ください(笑)