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【書評】『戦艦大和の最後~一高角砲員の苛酷なる原体験』坪井平次

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戦艦大和の最後―一高角砲員の苛酷なる原体験 (光人社NF文庫)

終戦記念日と被ることもあり、毎年7~8月にはできるだけ戦争関係の本を多く読むようにしている。7月末に実家に帰省したおり、実家の自室の書架から本書を見つけたので持って帰って読むことにした。(中に挟まっていた栞に印刷されていた美術展の広告から察するに、高校生の頃に買い求めたものらしい。一度は読んでいると思うのだが、全く内容が記憶にない)

 本書は、著者である坪井氏が徴兵されて戦艦「大和」所属の兵卒として従軍し、終戦を経て除隊するまでの一連の出来事を綴ったものである。

 大正11年に三重県熊野市で生まれた坪井氏は、昭和17年に三重県師範学校を卒業したのち郷里の国民学校の訓導(教師)となる。昭和18年4月に徴兵され海軍に入り、戦艦「大和」配属となり五番高角砲員となる。マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦を経験したのち、沖縄特攻作戦に従軍。「大和」の沈没に巻き込まれるも九死に一生を得る。終戦後は教師として復職し、のちに校長を務めるなど教育界で大いに活躍されたようだ。

 従軍してからの顛末は、それまでの平穏な日々の描写と同様、淡々とした書きぶりで綴られているのが印象に残った。戦争が終わって何年も経ち、自身の経験した苛烈な経験を冷静に振り返ることができた、ということなのだろうか。

その淡々とした筆致は、本書で最もハードな場面においても変わらない。「大和」沈没後に漂流していたところを、僚艦であった駆逐艦雪風」に救助されるシーンである。「雪風」からたらされたロープにやっとの思いで掴まったものの、

私の足にしがみついてきた者があった。私は、見栄も外聞もなく、足を振ってその手を逃れたのである。生死の関頭に立たされた私のエゴであった。気の毒だが、やむを得ない。許してくれよと、心中でそう詫びた。(P274)

芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を髣髴とさせるシーンである。これ以上の修羅場があるだろうか。このような経験を書き残すのは大変な心理的重圧があったものと推察するが、事実を書き残した著者の勇気には感服せざるを得ない。

三重県の片田舎で教職を務めていた坪井氏は、戦争さえなければ本書で綴られるような過酷な体験をすることなく、平穏無事に一生を過ごせたことであろう。それだけに、「徴兵」というシステムで国民の人生を翻弄する国家権力の暴力性には慄然とさせられる。

戦艦大和の最後―一高角砲員の苛酷なる原体験 (光人社NF文庫)

戦艦大和の最後―一高角砲員の苛酷なる原体験 (光人社NF文庫)