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【書評】『なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?』

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 なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?

自分の職業である金融業について語るとき、(私の経験上)相手はあまりいい顔をしない。理由はなぜだろう?バブル経済の崩壊以降、我が国の金融機関は相次いで破綻したり、不祥事を起こしたりして、国民の批判と不信の対象とされてきたからだろう。「多額の公的資金をつぎ込んでまで、なぜ金融業界を保護しなければいけないのか?」「金融業界は特別扱いされている」云々。

「金融のヤツらは自分が恥ずかしくないのか?」

だが、日本の金融機関はまだマシだろう。10年ほど前(2008年)に起きたリーマン・ショックによる被害を、邦銀は(さほど)受けていないためである。だが、海の向こうでは事情が異なる。震源地となったアメリカをはじめ、欧米では巨大な投資銀行が次々と破綻し、金融経済は大混乱に陥った。後始末のために巨額の公的資金-要は税金だ-が投入され、金融システムは辛うじて救われた。しかし、めでたしめでたしとはいかない。「金融のヤツら」のその後反省して大人しくなったのだろうか?そんなことはない。著者の友人はこう憤る。

「だって、ありえなくね?金融のヤツらを税金で救ってやったのに、だれもボーナス返さなくていいとか」

「しかも、その救済のおかげで生き延びた銀行のヤツらがものすごいボーナスもらってるとか、ないだろ」

「金融のヤツらは自分が恥ずかしくないのか?」(Kindle版、位置No.78)

少々お行儀は悪いものの、このコメントには注目すべきポイントが含まれている。それは、「民間企業にすぎない金融機関は特別扱いされている。そのうえ、役職員は法外な給与を得ており、ズルいことこの上ない」という反感である。そう、金融機関の職員は「ズルいやつ」と思われているのだ。この感情は、程度の差こそあれ、日本人も共感するのではないだろうか。不良債権処理に多額の公費を用いたメガバンクをはじめとした大手金融機関の職員が、高い給料を貰っているのは理不尽だ、と。

本書の取材方法

本書は、このような「世の中の声」を代表するような質問を金融の「中の人」にぶつけることで、金融業界とは何なのか?を解明しようとする野心的な試みを纏めた本である。金融についてまったくの門外漢だった著者は、ロンドンの金融街で働く200人を超す人にインタビューを行い、金融業界についてゼロから学んでいき、そのプロセスを公開したブログをイギリスの有力紙「ガーディアン」で連載した。著者は、ブログやメールにコメントを寄せた金融業界関係者にインタビューを行い、その人に次の取材相手を紹介してもらうといった手法で取材相手を増やし、金融業界に関わる様々な人にインタビューを行うことに成功している。また、ブログ上にも様々なコメントが投稿され、ブログ上でもやり取りを行うことで、体面でのインタビューに留まらない密度の濃い取材を実現している。

思っていたのと違った金融業の実態

インタビューを通じて、著者は金融業界に対する漠然とした認識を徐々に改めていく。それは、

  • 何億ドルという高額のボーナスを貰っているものはほんの一握りであること
  • 映画や小説に出てくる「強欲きわまりないカネの亡者」のような人はごく一握りであること
  • 一口に「金融業界」と言っても実に多様であり、その多くは実直に日々の仕事をこなしていること

…といったことである。

うんうん、そうなんだよ、やっと解る人が出てきたか!と私は嬉しくなった。そう、金融業のほとんどは地味な仕事であり、華やかに見える仕事はほんの一握りなのである。

金融の大事な役割

シティでプロジェクト・ファイナンスに従事するある女性はこう語る。

シティでは、私がやってるような融資の仕事は退屈だと思われてるの、と彼女は嫌そうに言った。「トレーダーはガラスのビルの中で、一日中電話に向かって怒鳴りながら、スクリーンを見つめて数字をいじくってるだけ。私の仕事は、学校を建てたり、有料道路を作ったり、橋を作ったり、海外に石油掘削施設や発電所を作ったりするのを助けること。ヨーロッパの全域にも、ロシア、アジア、サウジアラビアにも行くし、私自身がガスプラントの竣工式や太陽光発電の公園の開園式に立ち会ったり、石油精製工場を査察したりもする。どっちが退屈な仕事? 金融の世界は、みんなが想像してるようなディールメーカーやトレーダーよりはるかに大きいの。私の言いたいのは、そこなのよ。読者にだけじゃなく、家族や友達にもね。みんな私がすごいボーナスを追いかけて、金融危機を起こした張本人だと思ってるみたいだから(Kindle版、位置No.324)

金融の大事な役割の一つに「資金の余っているところから資金の足らないところにお金を「融通」し、社会全体の効用-言い換えれば幸福-を増大させることが挙げられる。私自身、ファースト・キャリアとして銀行を選んだ理由として、金融の持つこのような側面を魅力に感じたことが大きい。また、金融はこのような形で、世の中の役に立っていると確信している。それだけに、ごく一部の、「やんちゃ」な仕事に従事している人が金融業を代表しているかのような言説には苦々しさを感じていた。

金融を惑星になぞらえる

著者はまた、金融業界の複雑さや多様性を惑星になぞらえて表現している。

金融星を支配しているのは、保険、資産運用、銀行だが、その周りにはたくさんの島が散らばり、サービスを提供している。監査法人は企業の財務諸表を監査し、信用格付け機関は国や企業や金融商品の財務の健全性にレーティングをつける。格付けには、下は〝ジャンク〟と呼ばれる極めてリスクの高いものから、〝トリプルA〟として知られる超安全なものまである。そのほかにも、金融専門の弁護士事務所やコンサルティング会社、〝エグゼクティブ・サーチ〟と呼ばれるヘッドハンティング会社、金融系IT企業、M&Aのデータ管理サービス会社などがある。逆に星の外に飛び出して俯瞰すると、中央銀行や規制当局が、金融星の周りを衛星のように囲んで、すべてがルール通りに動いているかを遠くから確認している。Kindle版、位置No.480)

 ここで描写されるような複雑さもまた、金融業界を理解する上での難点の一つだろう(もっとも、金融業界と同程度に複雑な業界はほかにもあるとは思う)。正直、金融業界に従事している人で、(私を含め)金融業界の全体像を正確に理解している人がいったいどれくらいいるだろうか、という気がする。

金融業界の複雑さ

金融業界が複雑であると同時に、金融商品の仕組みもこれまた複雑である。オプション、先物証券化商品、仕組債-この業界では「頭の体操」みたいな金融商品が何種類も存在する。同じ金融機関に勤めていてもーー同じ部署で、隣の机で仕事をしている同僚ですらーー一体何をしているのかさっぱりわからない、という事態が往々にして起こる(今の私がそうだ)。隣の机の同僚がわからないものを、内部統制組織やコンプライアンス部署の門外漢が理解できるだろうか?というお話だ。このような知識の「タコツボ化」は、失敗や不正の範囲を広げる遠因となる。リーマンショックをはじめとした金融危機の多くは、このような内部統制の不完全さが遠因である、といっても決して過言ではないだろう。しかし、その「不完全さ」を解消するのは極めて困難である。

処方箋はあるのか

著者は、金融システムの根本的な作り直しが必要であると指摘する。逆インセンティブと利益相反が金融システムをいびつなものにしている2大悪だというのだ。解決するためには、以下に述べるような4つの法規制を導入すべきだという。

  1. 銀行を小さくし、「大きすぎて潰せない」という事態を避ける
  2. 利益相反を生み出す複数の事業を一つの傘の下に置かない
  3. 複雑すぎる金融商品の開発・販売・所有を禁じる
  4. リスクを取る人が、資本や評判のリスクを四六時中気に掛けるような報酬制度を適用する(納税者にツケ回しをしない)(Kindle版、位置No.3351)

しかしながら、著者は4つの提言の実現可能性には懐疑的である。①欧米では、金融業の経営者が政府の要職に就くことがよくあり、またその逆もしょっちゅうあるため、規制を骨抜きにしようとするロビイングが起こる ②金融業はグローバル化がきわめて高度に進んでいるため、各国が足並みをそろえて規制を導入することが極めて難しいーことがその理由である。

まとめ

総じて、本書の書きぶりは公平で中立的であるという印象を受けた。少なくとも、「金融業界のヤツらはけしからんからとっちめてやろう」という穿った見方で書かれた本ではない点に好感が持てる。

金融業の人は、自分の仕事の立ち位置を同業者の中から相対的に見なおすことができるだろう。また、非金融業の人は、金融の生態系が実に多様であること、また「中の人」が普段どのようにものを考えて暮らしているのか、を実態に近い形で伺い知ることができるだろう。金融業の人もそうでない人も、ぜひ手に取っていただきたい良著である。

なお、本書の表紙にでかでかと載っている「毎日、法に触れることを目にするよ」「別にいいんだ。自分のカネじゃないし、ってね」というコピーはいただけない。本書を良著たらしめている「客観性」「公平性」を損なう印象を与える文言である。出版社にはこのコピーが本書にふさわしいか、ぜひ再考をお願いしたい。

なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?

なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?

 
類書紹介
金融に未来はあるか―――ウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実
 
リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 
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