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【書評】『スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家』ダン・ライオンズ

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スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家

 少し前から、「上場ゴール」という言葉をTwitterで目にするようになった。会社を成長させるための事業資金を調達するための手段であるはずのIPOが、創業者や一部の株主の私腹を肥やすため「だけ」に使われているきらいがあることを揶揄した言葉である。

最近でも、某ベンチャー企業IPOを巡る醜聞がTwitterの投資クラスタ界隈で取り沙汰されていたのは記憶に新しいところである。創業者のなりふり構わない情報統制や、IPOの分け前を独り占めしようとする強欲さには眉をひそめざるをえない。

こういうビジネスを立ち上げる人や、中で働いている人ってどういう気持ちで日々を過ごしているんだろう?どんな社風や労働環境なんだろう?と興味を持つに至ったのが、本書を購入したきっかけである。

本書の概要

著者はもともと、アメリカの権威ある雑誌"Newsweek"で働いているベテランのジャーナリストだったが、ある日突然同社をクビになってしまう。幼い子供や病弱な妻を持つ彼は、新しい働き口を探すべく奮闘し、縁あって本書の舞台となる「ハブスポット」社にマーケティング担当者として職を得る。しかし、ハブスポットの社風や労働環境は、今まで著者が働いてきたいかなる職場とも異なるものであり、著者はそれに馴染めず悪戦苦闘することとなる。

著者が最初に違和感を覚えたのは、ハブスポットに蔓延する「意識の高さ」である。椅子の代わりに支給されるバランスボール。誰が演奏するのか分からないが置かれている様々な楽器。ラウンジにはカウチと黒板の壁があって、「ハブスポット=サイコー!」とか、「オレたちにはわけあって、耳が2つ、口が1つある。そう、話した分の2倍、聞くためさ」なんて感動的なメッセージが書き込まれているという*1。この「つかみ」で思わずクスッとなってしまう。

単に「意識が高い」だけならば特に害はないが、次第に著者はハブスポットの抱える問題や病理に気づいていくこととなる。その問題点を3つ紹介したい。

①蔓延する「やりがい搾取」

ハブスポットでは、社員の扱いが非常に粗雑だという。給料が安い割には精神的にキツい仕事を振り、身も心も消耗させる。挙句、従業員には十分な職能を与えないまま、用済みになったら放り出す。そのくせ、自社の社風や提供するサービスを「先進的で」「イノベーティブな」ものだと吹聴する。安いコストで猛烈に働いてくれる、すぐに変わりの利く世間知らずの若者をかき集めるためだ。

ハブスポットは赤字経営だが、多くの人手が必要だ。何百人もの人を、なるべく安い賃金で営業やマーケティングといった部署で働かせるには、どうすればいい? 大学出たての若者を雇い、仕事を面白く見せるのも一案だ。タダのビールやサッカーゲームテーブルを与え、職場には、幼稚園とフラットハウスを足して2で割ったような飾りつけをし、たびたびパーティを開く。そうすれば、やってくる若者が途切れることはない。年間3万5000ドルで、朝から晩までけた外れな精神的プレッシャーに耐え、クモザル部屋であくせく働き続けてくれる。彼らをだだっ広い部屋に、肩が触れ合うくらい密な状態で詰め込めば、さらにコストを削減できる。そして、こう告げるのだ。「オフィス空間にかかるお金がもったいないからじゃないよ。君たちの世代はこういう働き方が好きだから、こうしてるだけ」Kindle版、位置No.2377)

安い給料と悪い待遇をごまかすために、仕事にはビジネスという枠を超えた、何か崇高な目的があるかのように偽装する。そのような姿勢を、著者はこう批判する。

うちの会社がしているのは単なる金もうけじゃない、ぼくらの仕事には意義や目的がある、うちの会社にはミッションがある、ぼくもそのミッションの一翼を担いたい──そう信じることが、こうした企業で働く大前提になっている。これが、カルトと呼ばれる集団に加わるのとどう違うのかは、はっきりしない。忠実な社員と洗脳されたカルト信者の何が違うのだろう? どこまでが前者で、どこからが後者なのだろう? 境界線はあいまいだ。故意か偶然か、IT企業は、カルト教団とよく似た手法を採っているらしい。(Kindle版、位置No.1120)

②うわべだけの「多様性」

「多様性こそが大事!」と言いながらも、従業員や経営者の殆どが白人男性。35歳を過ぎると「おっさん」扱いされ、居づらい雰囲気にされて追い出される企業カルチャーであるという。

ハブスポットは、ある種の人たちばかり採用しているように見える。若くて影響されやすく、大学時代はフラタニティソロリティ(訳注:大学の女子社交クラブ)もしくは運動部に所属していたような人。ここが初めての職場だという人が多く、私の知る限り、黒人はいない。研修のクラスだけでなく、会社全体を見渡しても。しかも、ある種の白人だらけだ。中流で、郊外に住み、大半がボストン地区の出身。ルックスも同じ、ファッションも同じ。この画一性には、目を見張るばかりだ。Kindle版、位置No.1036)

うわべでは「多様性」を称揚しつつも、実態はとても画一的な社会集団であるというのだ。個性が大事、と言いながら、似たような所に住み、似たような酒を飲み、似たような自撮り写真をインスタに挙げてリア充アピールする人たちを連想させられる。

③はじめから「上場ゴール」目当て

ハブスポットのような「ウェイウェイした」ITベンチャーが、利益も出さず、若者を使い捨てる目的はなんだろうか。究極的には、経営陣とベンチャーキャピタルが株式公開で莫大な利益を得ることが企業経営の目的であるからだ、という。そこには社員や顧客の利益など顧みられることはない。

著者の友人は、ベンチャー企業への投資を「映画作り」に例えている。

「映画づくり」──ベンチャー投資家のある友人は、スタートアップ企業をつくるプロセスを、こう呼んでいる。IT企業を映画にたとえるこの友人によると、ベンチャーキャピタルがプロデューサーで、CEOは主演男優だ。できれば、マーク・ザッカーバーグのようなスターを獲得したい。若くて、なるべくなら大学中退者で、アスペルガー気味の子がいい。それから、台本──「企業の物語」──を書こう。起源となる神話、発見の瞬間、英雄の旅……それは、さまざまな壁を乗り越え、ドラゴンを退治し、市場を破壊し、変革していく物語だ。映画づくりのように、会社づくりに何百万ドルも投資したら、次は宣伝に何百万ドルも投資して、顧客を獲得する。 「IPOに至る頃には、人々が初日の上映を待ちきれず、劇場の周りに長蛇の列をつくっている──そんな状態が望ましいんだ。それが上場初日の光景さ。映画の封切り第1週目の週末と同じだからね。うまくやれば、観客がお金をもたらしてくれるから、きちんと投資を回収できる」。(Kindle版、位置No.3266)

ビジネスを拡大させるために必要な資金を市場から調達する、という株式公開の意義はそこにはない。株式公開が単なるショー・ビジネスと化しているのだ。

「おっさん」の知恵は案外正しいかも

以上、本書を読んで印象に残った個所を3点紹介した。全てのスタートアップ企業がハブスポットと同じだ、とは思わないし、実際のハブスポットが本書に書かれたようなひどい会社かどうかはわからない。とはいえ、これに近い会社が多いことも事実なのだろう。本書が例に出している数多くの事例を読むと、そう思わせるだけの説得力がある。

本書を読むと、世間で誉めそやされる「若い経営者が率いる、独創性あふれたベンチャー企業」が、実は脆く危険な存在なのではないか、と思わされる。同時に、歳を取った、コンサバティブな発想や価値観を持つ社員や経営者は、実は(新奇性はないけれども)経験豊かで重要な知恵を持つ貴重な存在(かもしれない)、ということにも気づかされる。

ハブスポットは、ポル=ポト政権下のカンボジアに似ているな、とふと思った。狂信的な共産主義者だったポル=ポトは、カンボジアを純粋な共産主義国家とすることを目論んだ。インテリや経験豊かな人材を片っ端から殺害し、何も知らない子供を社会の要職に据えるという凶行に走り、カンボジア社会や経済に壊滅的な打撃を与えた。極端な例であることは承知しているが、まるで経験のない若者を誉めそやし、巨大な権限を与えるとどうなるか、を示す一つの例と言えるだろう。

社会常識に欠ける若者を大量に採用し、十分な職能を付けさせないまま使い捨て、創業者と投資家だけが巨万の富を得るシステム--このような仕組みは反倫理的だし、真っ当なものとは到底言えない。

こういう会社に間違って入ってしまうことは(マトモな人にとっては)不幸としか言いようがないが、このような「落とし穴」は社会の至る所に口を開けている。案外、落とし穴を避けてくれるのは、「常識」「慣習」「違和感」といった、我々の社会に積み重ねられてきた、手垢の付いた古臭い考えなのかもしれない。

若手社員の皆さん、あなたの上司の説教、実は案外的を得てるかもしれませんよ。

類書紹介
それをお金で買いますか 市場主義の限界

それをお金で買いますか 市場主義の限界

 

最近、なんでもゼニカネ言い過ぎちゃいまっか?お天道様に背いてまでゼニ儲けするもんとちゃいまっせ、と「行き過ぎた資本主義」の在り方に疑問を投げかける本。本書については書評を書いている。

www.mamechiblog.com

金融に未来はあるか―――ウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実
 

 昨今、金融ビジネスは無軌道に拡大しており、経済のあるべき姿から乖離していると警鐘を鳴らす本。本書『スタートアップ・バブル』を読むまでは「説教臭い内容だなぁ」と思ったが、本書に出てきた強欲な人々の在り方を見ると考えが少し変わった。

*1:Kindle版、位置No.187